ガチャンッ……。
廊下側に出ると、壁から黄色の薄い鉄板が飛び出ていた。この鉄板を目印にして、刑務官は駆けつけたのだ。
「緊急事態を知らせるナースコールのようなものですね。それ以外にも、『家族に手紙を出してほしい』とか、『借りていた本を返したい』とか、そういった用事でも頻繁に使っていたそうです」
財政難の日本が“美しい監獄”に賭けたもの
西洋と日本の建築様式をミックスした美しい奈良監獄。きっと、明治政府には莫大な財力があったのだろうと想像した。だが、歴史を遡ると、その逆だったことがうかがえる。
1905年の日露戦争後、日本は深刻な財政難に陥っていた。この奈良監獄が完成したのはその3年後の1908年である。
予算がなかったことは、監獄の壁からも読み取ることができる。神さんが「見てください。上と下の段で、レンガの色が違いますでしょ?」と指差す。確かに、下部のレンガは黒っぽく、上部は赤い。そしてよくみると、その色合いはかなりグラデーションがある。
「黒いレンガは塩を混ぜているから硬いんです。上からの荷重に耐えられ、また土台を安定させるためでした。でも、ご覧の通り、色がまちまちです。お金のない時代ですからね。受刑者に焼かせて、職人さんが指導しながら積み上げていったんです」
なんと、受刑者たちもこの建設に携わっていたのだ。困窮している日本が、なぜこれほど美しい刑務所を造る必要があったのか。
それは、当時の日本が国家の存亡をかけ、世界に対して「文明国である」と証明し続けるための、譲れない一線だったからだ。館内から出て、神さんは、黒ずんだ小屋に案内してくれた。
それは、「ギス監」と呼ばれる江戸時代の古い木製の牢屋だった。キリギリスを入れる虫かごに似ているので、そう名付けられたという。大河ドラマなどでよく見かける、吹きさらしの牢屋だ。

