一般には山を登る電車を登山電車というが、神戸電鉄は別の意味でも登山電車といえる。六甲山は日本における近代登山の発祥の地。明治以降、主として欧州から神戸に移り住んだ外国人がレジャーとしての登山を日本に持ち込んだ。結果、神戸電鉄には全46駅からハイキングコースが設定された。登山する人が乗る電車で、“登山電車”でもある。
創業者は山脇延吉。兵庫県有馬郡塩田村(現在の神戸市北区道場町)で、1875年に生まれた。東京帝国大学工科大学に進学したが、父の急死により中退。父の篤蔵が営んだ農業、酒造、製油、肥料、米穀商、さらに道場銀行という、地方コングロマリットを継いだ。一方で1900年志願兵として陸軍に入隊し、日露戦争・遼陽戦での成果で歩兵大尉の階級と従七位の位階を与えられ06年に除隊した。
「関西の奥座敷」へ鉄道を敷設
いわゆる地方の名士の2代目で、地元の発展を目指す中で当時路線網を延ばしていた鉄道事業への進出は自然だった。山脇延吉が最初に手掛けたのは、国鉄の三田駅から有馬温泉までを鉄道でつなぐことだった。有馬温泉は言わずと知れた「関西の奥座敷」。だが当時は、神戸の市街地と目と鼻の先にありながら、六甲山に阻まれ、「陸の孤島」だったのだ。

