そこで彼に筆者が紹介したのが、「バウンダリー」だ。これは、近年注目を集めている心理学の概念で、他人と自分との間に健全な心の境界線を引くことを意味する。相手の領域に踏み込まず、自分の領域を守り、互いを尊重し合うコミュニケーション手法だ。
バウンダリーの観点でD氏の状況を見れば、会社側の事情と自分の立ち位置は、切り離して考えたほうがいい。課長を配置できないという会社側の事情を、1人の従業員が身を削ってまで引き受ける必要などどこにもないからだ。
カウンセリングを重ねるなかで、彼は上司に対して「メンバーの進捗状況の確認はするが、これ以上の指示や注意といった権限を伴う業務は難しい」と伝えることにした。同時に、部長から「遠くない将来に課長になってほしい」と期待されている事実も受け止め、昇進に備えてマネジメントの勉強は自分のペースで続けるという約束も交わした。
企業が取るべき対策は?
ジョブ・クリープの問題は、個人がバウンダリーを引けば解決する類いのものではない。企業側も、対策を講じるべきだ。その具体策は3つある。
1つめは、業務の範囲と権限を明確にすることだ。「どこまでやるのか」「いつまでやるのか」をあいまいにした状態では、従業員も周囲も疲弊する。依頼をする際に、明文化して伝え、あわせていつでも助けを求められる旨を伝える。
2つめは、評価の見直しをすることである。正式な役職でなくとも、実質的に管理職の役割、あるいは複数の役割を担っているのであれば、それに応じた手当や評価を与える必要がある。
そして3つめは、中途採用者や非正規から正規に転じた社員にも、管理職への道を与えることだ。生え抜き偏重の体制を見直さない限り、「くびれ」を誰かが埋めなければならない状態が続くことになる。

