実はここに来る前、大塚さんは「掃除がラクな家」をコンセプトに平屋を建て、そこで暮らしていた。日々の"面倒"をひとつずつ設計で取り除いた、こだわりの家だ。
しかし彼女は、その家をおよそ13年で手放している。合理性を突き詰め、細部までつくり込んだ住まいを、なぜ手放す決断ができたのか。まずは現在のリノベーションにつながる、住まいづくりの原点を聞いた。
実家は広くて快適だったものの、使いづらさも多かった
大塚さんが子どものころに暮らしていたのは、現在の住まいでもある、東京都豊島区の実家マンション。広さは180m²。地権者だった祖父の意向で2住戸をつなげた、いわば「マンション版二世帯住宅」だった。当時の建築士に「そのうちこんなに広い部屋は必要なくなるかもしれない」と助言されたことで、水回りを2つずつ設けて、将来的に2部屋に仕切れるように設計。ゆとりのあるワンフロアに祖父と両親、大塚さんと弟の5人で暮らしていた。
「子どものころは家が広いという認識もあまりなく、みんなそんなもんだろうと思って住んでました。すごく快適だったし、住み心地は良かったですね」
しかし大人になって振り返ると、小さな使いづらさがいくつもあった。
玄関の横にあるトイレは、母親が玄関先で立ち話をしていると音漏れが気になり、トイレから出た瞬間に挨拶せざるを得ない気まずさがあった。
また脱衣室は洗面室と一体化した回遊動線で、ドアが2箇所ある間取り。「誰かが入浴中だと洗面台も使えなくて。どちらのドアを開けられるかわからないスリリングな状態で着替えてました」と大塚さんは振り返る。
子ども部屋にも不便な点があった。もともと広い一部屋だったのを、小学5年生のときに大塚さん自ら「仕切ってほしい」と親に頼んだのだという。そうして手に入れた自分の城だったが、収納家具と壁を組み合わせて部屋を仕切ったために、天井や継ぎ目にどうしても隙間ができてしまった。
「隙間から弟の部屋の生活音がよく聞こえてきました。隣がうるさくてもさほど気にならないタイプですが、弟の目覚ましの音だけはストレスでしたね。毎朝私が止めに行ってたんですよ(笑)」

