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政治・経済・投資 #小幡績教授のアフターエコノミクス

競争はいいことだ、と経済学は言うけれど…〈世紀末の競争〉は今やなんでもありの罠の仕掛け合いである

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小幡教授の競争といえばこれ(連載違いです)(写真:Lukas Gojda / PIXTA)
  • 小幡 績 慶応義塾大学大学院教授
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INDEX

現代経済学を原理主義と揶揄するつもりはないが、その原理の核となっているのは、価格、市場、競争である。市場とは、価格競争をする場であるから、根本信念は、「競争」である。競争こそが経済を発展させる、という信念である。

しかし、これは幻想である。

競争は悪だ、と私は主張するが、厳密に言えば、「競争」自体には価値はない、ということである。ある状況においては、「競争」は良い効果をもたらすし、そうでないときには、悪い影響、結果を生じさせる、ということである。

良い競争と悪い競争があるのである。

というと、安っぽすぎるので、現在の大前提が競争こそ善、理想と思われているので、そうではない、競争は多くの場合、悪である、と考えた方がよいのである。

実際、競争はほとんどの場合、悪い。

子供には、喧嘩してはいけません、と普通は言う。国際社会でも、戦争は悪であり、戦争とは、領土あるいは覇権を争うもの、まさに競争である。

では、なぜ、近代経済学では競争は善なのだろうか。

価格引き下げ競争はいいことだ

それは、財は必需品であり、財とは何かが誰の目にも明白で、競争する変数が、価格しかないからである。

消費者は、財がどういうものかわかっている。質も見える。となると、複数の供給者の間の違いは、価格だけである。だから、価格の安い方を選ぶ。

複数の供給者は、利益を出すためには、そもそも売らなくてはならないから、赤字にならない価格まで下げる。ほかの供給者も同じことをする。こうなると、生産コストが安い方が価格を下げられるから勝つ。

こうして、もっとも効率的な生産者が供給をし、消費者は一番安い価格で買うことができ、経済全体も効率的になる、ということである。

ここで限界概念と規模の経済が出てくる。

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