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今回は、1浪を経て早稲田大学理工学部建築学科に進学。大学卒業後は塾講師とフリーランスで建築の仕事をしながら、28歳から小説を書き始め、57歳で夢だった出版を実現した宮本浩典さんにお話を伺いました。
「29年かかってもやりたいことがあったら続ければいいことがある、そのことをみんなに伝えたい」と語る宮本さん。
浪人時代に掴んだある感触が、四半世紀にわたる創作の原点になっていたといいます。お話を伺います。
29年間書き続け「57歳で小説出版」
宮本浩典さんは1969年5月、岡山県倉敷市に生まれました。父は中学2年生の時に満州から引き揚げ、家族経営で工場を営みながら2度の倒産を経験し、最終的には鉄筋をつなぐ土建業で安定を掴んだ人物。母は倉敷市の地主の娘でした。
「父も母もどちらも高卒でしたし、土建業はヤクザの人も周りにいる感じの環境でした。『勉強しろ』とは一言も言われたことがありません。小学校時代は父の仕事の都合で4回転校したのですが、低学年の頃は友達もできずつらい思いをしていました」
父親は2回の倒産を経験するものの、小学4年生から仕事が安定し、宮本さんは同じ学校に通い続けられるようになります。仲の良い友人もでき、楽しい少年時代を取り戻しました。同じ頃、トランペットを習い始め、ジャズに深くのめり込んでいきます。
中学時代の夢はジャズトランペッターかジャズ喫茶の経営者。成績は300人中100番以内の中の上で、本格的な勉強習慣はありませんでした。
ただ中学校3年生の時、ジャズで生きていくことは難しいと思い、いとこの友達の岡山大医学部の学生の家庭教師に勉強を教えてもらうようになります。勉強習慣がなく、目に見えてできるようにはなりませんでしたが、なんとか地元の進学校である県立倉敷南高等学校に進学することができました。

