なぜこのような声が上がってしまうのか。悪意はなくても無意識に批判してしまう。あるいは批判まではいかないが、余計なお世話の言葉を浴びせてしまう。そんな人の特徴と改善方法を挙げていきます。
「産まされた」というコメントに違和感
明らかな悪意のあるコメントはそれほど多いわけではないため、ここで触れる必要性はないでしょう。問題は、悪意の自覚がないのに結局批判してしまう人。あるいは皮肉のようなコメントを書き込んでしまう人。
まず最も議論されている「年子で産まされるなんて女性の身体の事を考えていない」という声について。
「産まされる」というフレーズに悪意の無自覚さが表れていました。いったい主語は誰なのか。「私」なのか、それとも「私の妻」なのか。本人の気持ちがわからない以上、大谷選手の妻・真美子さんが「産まされた」というわけではないでしょう。
つまり、このコメントは「真美子さんがかわいそう」というニュアンスで、他人の名前を借りて自己主張をしているだけにすぎないのです。
「私の考え方が普通の社会であってほしい」「みんな同調してくれるよね?」と押し付けるようなニュアンスが感じられますし、当事者は真美子さんではなく別の人でもいいのでしょう。
このようなコメントをする人や、それに「共感した」ボタンを押す人の特徴は、「○○される」「○○されたくない」という防衛本能の強さ。
「出産は自分の意思でする」というごく自然なことを、わざわざ「産まされる」と考えてしまう。しかも会ったこともすらない他人のエピソードでそう考えてしまうのは、ふだんから自分を守ろうとする意識が強いからでしょう。

