昔ながらのほうきを片手に開店準備していた女性に話を聞いた。すると新しくできた“横丁風横丁”には負けないという自負を語ってくれた。
戦後すぐ、渋谷をはじめ各駅周辺に立ち並んだ闇市系の屋台がここに集結したという。個人所有の店舗が大半で組合(現在は企業化)を介しての連帯が強く、地上げ圧力を跳ね返してきたことはすでにいくつかのメディアが伝えている。
ある店主によると、それに加え又貸しや権利の移転が多く全店の登記簿を取得するのはジグソーパズルを解くようなもので実質的に難しいのではとのことだった。
細木数子を生んだ「百軒店」は渋谷の地形と歴史を凝縮
見てきたように「渋谷がつまらなくなった」という見方は、駅周辺の再開発地区や主要な通り沿いを眺めた印象に過ぎない。谷底都市・渋谷においては、東急やJR東日本の資本が覆い尽くせない路地や狭小地が多数残存しているからだ。
前編でも触れた渋谷の文化の原点が、道玄坂の脇道にある「百軒店」(ひゃっけんだな)だ。ぜひ歩いてみたい渋谷の地形と歴史が1度に分かる場所だ。
前編でも記したように、大正期の関東大震災では、銀座や日本橋周辺では資生堂、山野楽器店など多くの人気店が被害を受けた。一方、地盤の硬い台地のキワにあたるここは比較的被害が少なく、箱根土地(現在の西武グループの源流のひとつ)が土地を購入し、その名の通り100以上の店舗を移した。
震災復興で店の多くが退店し百軒店は衰えたが、戦後に中興を迎える。
わかりやすく言えば、細木数子がいた時代だ。現在Netflixで「地獄に堕ちるわよ」が配信され話題となっているのが、かつてテレビ界を席巻したカリスマ占術家だ。百軒店にあった母の店の客引きや店番として活躍したのは1950年代前半。
その後、百軒店は音楽好きや映画好きが集まるサブカルチャー的な場所に変わっていった。近年はやや寂れたが、歌手のマドンナがここを訪ね自身のインスタグラムで報告している。
渋谷の飲食店は高級店かチェーンばかりになったとも言われる。だが坂や路地が目立つ百軒店では、個人店が生き残っている。
右手の「中華麺店 喜楽」は客席が2階に及ぶ変則的な造りだが、開店前には並びができる人気店。
出てきた中華麺は、ビジュアルからして食べる前から「名作」と分かるものだった。飴色は特別なネギを焦がしている。

