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「戦後、再開発が頓挫した」「かつては細木数子も働いていた」…歴史に翻弄された街・渋谷の豊かな文化

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渋谷公園通り
渋谷はつまらなくなったのか? いくつかの場所を歩いてきた(写真:筆者撮影)
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百軒店の一番奥に千代田稲荷神社が建つ。

歌手のマドンナはここで記念撮影しインスタグラムにアップしていた。以前は百軒店の真ん中にあったが映画館に敷地を譲り多少場所を変えた(写真:筆者撮影)

千代田稲荷神社は、もともと江戸城の中にあったが、巡り巡ってこの渋谷の丘の上に引っ越してきた。なぜ「千代田稲荷神社」という名前なのであろうか—— ?

(画像:地理院地図を引用し筆者加工)

実は江戸城は千代田城という別称があり、それにちなんでいる。宮番のお母さんが教えてくれた。

毎日神社の手入れを欠かさない宮番のお母さん(写真:筆者撮影)

カメラに収まってくれたのは宮番のお母さん。

60年前の1965年頃に百軒店に移ってきたという。戦後の“細木数子がいた時代”と、サブカルチャー的な場所に移り変わったあいだの頃だ。

1968年の西武百貨店オープンにより、渋谷の文化は一気に開花する。当時は百軒店のお店同士の助け合いが色濃かったが……と少し残念がっていた。

しかし先ほど訪ねた中華麺店 喜楽。店員は、料理を取りに来たフードデリバリーのスタッフへの心配りとして飴を渡していた。伝統はいまも息づいているようだ—— 。

109の辺りからかつては荒木山を望んだはずだ。関東大震災後に百軒店となる。小さな谷を挟んだ台地には旧佐賀藩主の農場があり、明治後期まで松濤(しょうとう) ブランドのお茶を育てていた。その後松濤は地名に残り高級住宅地となり、百軒店のお得意となった(画像:地理院地図を引用し筆者加工)

渋谷は3重に魔法がかかった町

果たして渋谷はつまらなくなったのか——?

確かに駅前の均質化は進みつつある。しかし世界に例を見ない谷底都市・渋谷には、開発が入らない坂道や路地が豊富に残されている。道に迷うたびに意外な発見があるのだ。

・多様性を生む谷底の地形

・戦後再開発の頓挫

・文化の魔術師=西武の降臨

渋谷は3重に魔法がかかった町だった。つまらなくなったなどと簡単に言わせない底力が、この町にはある。ぜひ実際に歩いてそれを感じ取って頂きたい。

参照資料:堤清二・三浦展『無印ニッポン——20世紀消費社会の終焉』中央公論新社
参照資料:岸由二『「流域地図」の作り方——川から地球を考える』筑摩書房(ちくまプリマー新書205)
参照資料:越澤明『東京都市計画の遺産: 防災・復興・オリンピック 』筑摩書房(ちくま新書1094)

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