学校生活は当初の理想を叶える充実したものでした。
大学の志望校については、高校に入学した時点で自分の可能性に挑戦するために東京大学の理科1類を目指してみたいという気持ちが生まれていました。その中で、彼の価値観を大きく変えたのが、高校2年生のときに参加した教会主催のアメリカへの研修旅行でした。
教会が主催するアメリカへの研修旅行
この旅行で、彼の中で明確に「『東大合格』が目的から、世の中を良くするための手段に変わった」といいます。
「高校生の視野を広げるために設けられた機会で、全国から集まった高校生仲間と西海岸の国立公園をキャンプしながら回りました。シャワーは3〜4日に1回、食事は栄養補給のお菓子が中心、野生のクマに遭遇することもある過酷な環境の中で、2週間半を共に過ごしました。
仲間と一緒に協力しないと生きていけない環境の中で、メンバーとの絆がものすごく深まったのですが、そこで得た幸福感がすごく印象に残ったんです。こういう平和な世界に生きていたいと思ったし、自分が東大で得たものを社会に還元できたら世の中をもっと良くできるんじゃないかと思うようになりました」
しかし、現実の成績は、高2〜3年の夏までずっとE判定。勉強を教えてくれていたあのおじさんからも「現役で東大に行くのはかなり厳しい」と言われていました。
高3の秋頃から徐々に成績は上向きになり、最高でB判定を取る模試も出てきたものの、大部分はD判定。センター試験こそ900点中818点(91%)で、なかなかの成績だったものの、2次試験では、隣の受験生が猛スピードで解き進む様子に動揺してペースを乱され、本来の力を発揮できないまま終了します。
併願校の慶應義塾大学理工学部には合格したものの、結局東大理科1類の最低合格点には23点届かず、現役での挑戦は幕を閉じました。

