しかし、近鉄という巨大私鉄の全貌は、それだけでは語り尽くせません。
本稿では近鉄という企業体の全貌を多角的な視点からひもといていきますが、主役は“走り続ける近鉄”そのものです。その構造、その志、その躍動──。改めて、それらの本質を見つめ直したいと思っています。
近鉄は「日本一の私鉄」と言われます。数字や距離。それだけが近鉄の「日本一」を物語るわけではありません。その歴史、英断、地域戦略、文化的影響力──。それらを丹念にたどることで、なぜ近鉄が日本一の規模になり、これほどまでに“特別な存在”であり続けてきたのかがわかるのではないでしょうか。
単なる鉄道会社にとどまらず、「地域とともに生きる企業」。それが近鉄だと私は思っています。近鉄がどこからやってきて、これからどこへ向かおうとしているのかを、できるだけ立体的に描き出したいと考えています。
ここを“始発駅”として、物語を進めていきます。
観光と地域に根差す
近鉄は、単なる「移動手段」としての鉄道ではありません。大阪・名古屋・京都という大都市間ネットワークを軸としながら、伊勢志摩、奈良、吉野、飛鳥といった文化・観光エリアへ展開する路線網。その一帯は、まさに「近鉄とともに育ってきた地域」でもあります。
『ひのとり』『しまかぜ』『青の交響曲』は、列車に乗ることそのものが目的となるほど特別な存在となり、同時に「地域の価値を創り出す存在」ともなりました。
鉄道が開通した場所では観光地が芽吹き、そこに合わせてホテルやレジャー施設が整備されてきました。都ホテルズ、あべのハルカス、伊勢志摩リゾート──これらも近鉄グループの重要な事業の一部です。なかでも伊勢志摩エリアの観光開発は、近鉄の代表例と言えるでしょう。
伊勢神宮を中心とした観光需要の高まりを背景に、戦後には路線の拡充、特急列車の投入、リゾートホテルの開発などを一体的に進めてきました。その結果、伊勢志摩は関西・中京だけでなく、東海道新幹線を介して首都圏からもアクセスしやすい「一大観光エリア」へと進化していったのです。

