それから2年半後、私はそのアルゼンチンにいた。ハビエル・ミレイ大統領への抗議デモ、スラム街で暮らす人たちの生活、知り合ったアルゼンチン人との食事など、現地の日常を見にいく取材旅だった。
どれも刺激的な取材ばかりだったが、その中で最も印象に残ったのが、あるサッカーの試合の観戦だった。
「普通のリーグ戦」で地鳴り
2025年4月中旬、ブエノスアイレス北部にある南米最大のスタジアム、エル・モヌメンタル。人気チームであるリーベル・プレートのホームスタジアムとして知られ、リーグ戦の平均で約8万5000人の観客数を記録している。これは、欧州の名門であるマンチェスター・ユナイテッドやレアル・マドリードをも上回り、観客数は23年から3年連続で世界一だ。
その夜、スタジアムで行われたのは、アルゼンチンリーグ1部の第13節。ホームのリーベル・プレートがタジェレス・デ・コルドバを迎え撃つ一戦だった。タイトルを争う大一番でも、宿敵ボカ・ジュニアーズとのダービーマッチでもない。とりわけ言及すべきポイントのない、普通のリーグ戦だ。
それでも、スタジアムは爆発していた。キックオフの1時間以上前から会場の外はお祭り騒ぎで、赤と白のユニフォームを着た老若男女が肩を組みながら歩いていた。
スタジアム内では発煙筒が打ち上げられ、煙が夜空に広がっていた。太鼓が鳴り響き、85000人が一斉に歌い出すと胸の奥まで振動として伝わってきた。地鳴りだ、と思った。
スタンドを見渡すと、70代と思しき老人が若者と同じように腕を振り上げていた。父親の肩の上に乗って叫ぶ少年がいた。私の隣では10代の女性が、90分間一度も座らず、ただひたすら腕を振り続けていた。
後半50分、タジェレスに先制点を奪われると、その女性は髪の毛を掻きむしって絶叫していた。だが、87分にリーベルが同点ゴールを決めた瞬間、スタジアム全体が一つの生き物のように揺れた。隣の女性は、まるで血が沸騰しているかのように、真っ赤になって喜んでいた。
試合は1対1の引き分けで終わった。きっとテレビで見ていたら、「面白くない試合だったな」と思っただろう。試合そのものは、それくらい見どころの薄い90分間だった。しかし、スタジアムにいた私は、試合終了の笛が鳴るまで鳥肌がおさまらなかった。
これはW杯でも、代表戦でもない。毎週末に行われているリーグ戦の、単なる1試合にすぎない。それでもこれだけの人間がスタジアムへ向かい、熱量を注ぎ込む。
