俳優としての町田啓太の凄みにも触れたい。同じタイミングで、町田はNetflix『九条の大罪』で金髪の半グレを演じている。じつはタツキも金髪なのだが、固く撫でつけ、凄みをまとった壬生の姿と、子どもと床に転がるタツキのふわりと柔らかな金髪は、同じ髪色とは思えないほど別の人間に見える。片や、力で人を従わせる、もう一方は、もう誰も従わせようとしない。近年の町田は、平安貴族(大河ドラマ『光る君へ』の藤原公任)も、社交ダンスに懸ける男(『10DANCE』)など、別々の引き出しから取り出すように演じ分けてきた。
この振れ幅が、タツキという役の奥行きに、効いている。物語の途中、タツキの過去が明かされる。かつての彼は、わが子に「行くのが当たり前だ」と正しさを強い、支援機関に「もっと厳しく」と言われるまま締めつけ、息子を追い詰めた父親だった。その果てに家庭も心も壊し、どん底でアートセラピーに救われて、いまの「甘い」教室長の姿にたどり着く。
正しさを押しつけていた人が、正しさを手放した人になる。この大きな違いを、町田は繊細な表情で、ひとりの人間の中の変化として見せる。甘い笑顔の奥に、かつての硬さがふっと覗く瞬間がある。
「理想」の先にある、現実
一方で、現実では「ユカナイ」のような場所には、そう簡単に出会えない。しっかりした建物があって、朝から夕方まで開いていて、パソコンなどの設備も整ったフリースクール。これは、かなり恵まれたケースだ。
フリースクールの話を人にすると、驚かれるのは費用の高さだ。会費は3万円前後が多いが、施設や地域によって幅は大きい。公的な補助も自治体によってさまざまで、通う家庭の負担は大きい。それでいて運営側も、ようやく人件費が出るかどうかというギリギリのところで支えていることが多い。そもそも、通える範囲にフリースクールがない、という地域も少なくない。
公的な選択肢として、近年は「学びの多様化学校」(以前は「不登校特例校」と呼ばれた)が少しずつ増えてはいる。それでも、2025年度の時点で全国に58校。前年度の35校から増えたとはいえ、35万人を超える子どもに対しては、あまりに心もとない数だ。どの場所に出会えるかが、親の経済力や住む地域に左右される。
だからこそ、用心したいこともある。
