決定打のひとつは、信じがたいほどさまつな決まりごとだった。
「ハンコの向きの違いなど、少しのミスも許さない文化に、我慢ができなかった」
野球名鑑の打率を読み込み、高校の偏差値をそらんじ、灘生や開成生のツイートを眺めて育ってきたデータマニアの彼は「ハンコをまっすぐ押すことを毎日求められる職場は自分のいる場所ではない」と気づいてしまった。2年目の夏、適応障害を発症。逃げるように、彼は銀行を辞めた。
「今思えば、あのとき違和感をそのままにせず、スパッと辞めて大正解でした」
内定までの「暇つぶし」が人生を変えた
実は、伊藤さんは銀行に入行する前――内定を得てから入行までの4カ月の間に、ひっそりと一つのアカウントを立ち上げていた。
「早大学歴研究会」。きっかけは、香川出身の親友がすでに公立進学校bot(現フォロワー2万人超)を運営し、7000人のフォロワーを集めていたことだった。
「お前もやってみれば?」というひと言で、彼は「数カ月だけやるか」と思い、軽い気持ちで投稿を始めた。
野球名鑑の数字、攻略本の数値表、灘生のタイムライン、2ちゃんの大学受験サロン板……データ分析好きな彼が幼少期から積み上げてきた経験は、ここでようやく「出口」を見つけた。
「人生かけて集めてきた知識だから、思い入れが違う」
アカウントはバズり、銀行員時代も2日に1回のペースで投稿を続けるうち、フォロワーは1万5000人になった。
退職後、しばらく失業保険とイベントバーの副店長で食いつなぎ、2022年1月、彼は「じゅそうけん合同会社」を立ち上げる。受験総合研究所、略してじゅそうけん。アカウント名はやがて、彼自身の屋号になった。今の会社名の「JSK」はじゅそうけんの略だ。
