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内田梨瑚被告への怒りや量刑への違和感は人として自然 それでも法廷が「市民感覚」だけで裁けない本質的な姿勢

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内田梨瑚
事件現場となった橋(写真:時事)
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さらに、「相手を支配している」という感覚が、加害者に快感をもたらし、次の行為へのハードルを下げるという権力感の増幅効果も働く。

こうして、最初は軽微なからかいであったものが、正当化と脱感作を繰り返しながら深刻な暴力へとエスカレートしていくのは、まさにこのメカニズムによる。

本件における加害行為の重篤性は、こうした複数のプロセスが重なり合い、相互に強化し合った結果として理解されるべきである。

「軽すぎる判決」という感覚の心理

そして、懲役27年という求刑に対して、「軽すぎる」という声が多く集まった。なぜ、人々はこれを「軽い」と感じたのだろうか。

そこには、「応報的正義観」がある。人間には、重大な危害を加えた者には相応の苦痛が返されるべきだという進化的・文化的に根付いた規範感覚があり、これは道徳心理学において多くの研究がある。

次に、「公正世界信念」の役割が指摘できる。この認知的枠組みでは、被害の深刻さと処罰の重さが比例するべきだという直観が機能するため、被害が甚大であるほど、それに見合う重罰を期待する傾向が強くなる。

さらに、加害者が殺意を否認し続け、反省文も真摯な謝罪とは受け取られなかったことが、社会の怒りをさらに強めた。人が加害者に求めるのは処罰だけではない。「自分が何をしたか理解している」「本当に申し訳なかったと思っている」という態度の表明、すなわち道徳的な責任の承認である。

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