第1に、被害者が17歳という若さだったことである。将来があり、人生がこれから始まる年代だった。その人生が、些細な諍いを理由に突然断ち切られたことに、多くの人が強い喪失感を抱いた。
第2に、加害行為に強い屈辱化の要素が含まれていることである。人は命が奪われたという事実だけでなく、その過程にも反応する。監禁、暴行、衣服を脱がせるなどの行為は、被害者の人格や尊厳を傷つける意味をもつ。こうした加害の様式は、怒りや悲嘆に加えて、道徳的嫌悪感を強く喚起する。
第3に、加害者と被害者が比較的近い世代の女性同士だったという意外性である。若い女性に対して別の若い女性が極めて残虐な行為を行ったという構図が、より大きな衝撃を生んだ。そこに「なぜこんなことができるのか」「この加害者は異常だ」という理解不能感が生まれる。
なぜ「脱人間化」が起きたのか
犯罪心理学の観点から見ると、本件の本質は怒りによる衝動的犯行というよりも、他者への支配と屈辱化という心理にある。
監禁し、命令し、逆らえない状況を作り、人格を傷つける――こうした行為は身体的暴力であると同時に、相手を意のままにしようとする心理的支配の表れである。なぜこれほどの加害が可能になったのか。
その鍵となる概念が、「脱人間化」である。これは、他者を「自分と同じ感情や尊厳をもつ人間」として認識しなくなる心理的プロセスであり、いじめ、虐待、ヘイトクライム、戦争犯罪など、さまざまな文脈での加害行動に先行することが知られている。
相手が「自分と同じ人間」ではなく、「どう扱ってもよい存在」になったとき、通常であれば機能するはずの道徳的抑制が失われ、人は驚くほど残酷になれる。
