「応仁の乱」は今でも世界中で起きている
志野流香道が産声を上げた15世紀末の京都は、応仁の乱(1467〜1477年)によって戦場となり、文字どおりの焼け野原と化していた。室町幕府第8代将軍・足利義政が東山の地に隠棲し、銀閣寺を建てたとき、眼下に広がっていたのは無数の死体と、それが放つ凄惨な死臭であったはずだ。
志野流香道の二十一世家元・蜂谷宗苾氏は、”凄惨な死臭”は過去の話ではないと言う。
「中東のガザなども、きっと同じような臭いがしているのではないかと思います。550年経っても人間は同じ過ちを世界中で繰り返している。しかし、その最悪の臭気と混沌の中で誕生した文化こそが『香道』だったことを考えると、香道が果たすべき役割があると思うのです」
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