例えば、労働党のニール・コイル議員が人種差別的な発言をして処分された際、ウエストミンスターの記者たちは一様に彼の粗野な振る舞いを非難した。
だが、ジャーナリストたちは何年も前から彼の素行を知っていた。なぜそれまで報道されなかったのか。それは、コイルが反コービンのニュース記事の主要なネタ元であり、ザ・ロビーの記者たちにとって「有用な代弁者」だったからだ。
「ザ・ロビー」が欲するストーリー
彼らは都合の良いときには偏向した情報源を利用し、都合が悪くなったら切り捨てる。ザ・ロビーがイデオロギー的に不偏不党だという主張は、単なる仮面にすぎない。
ノーム・チョムスキーが指摘したように、為政者は政治的に不都合な意見を強制的に抑え込む必要はない。ジャーナリズム内部の昇格と降格のシステムが、「言ってはいけないことが存在すると人々に理解させる」からだ。
おだてたり、仕組んだり、嘲ったりすることを通じて、ジャーナリストは政治家に、より反動的な立場を取るよう促す。左派系の運動を黙殺したり、中傷したりする際のハードルは非常に低い。
こうしたすべてが隠蔽しようと企図しているのは、政治階級がその権力を、企業や新興財閥、資本家階級に喜んで譲り渡してきたという事実である。国家はうぬぼれた神のごとき市場の力に、かつてなく従属するようになった。
政治家は、資本主義が彼らの領域にしてきたことを反映して、ちっぽけな、つまらない存在になったのだ。

