母は精神科に入院。退院後、家族は隣の鳥取県へ引っ越した。新聞沙汰になり、島根にはいられなくなったのだ。
鳥取でも居心地は良くなかった。噂話と同調圧力が漂う田舎町、学校で本音を言えば「きつい」と言われた。ただ、両親が時々旅行に連れて行ってくれたことは、まりさんにとって閉塞感から抜け出すきっかけになった。
「両親が別の景色を見せてくれたから、『私の居場所はここじゃない』という感覚が早くから持てたんだと思います」
夜の街で探した居場所
23歳で当時の恋人と上京した。そして、六本木のキャバクラで働き始めた。
「東京では羽が伸ばせたような気分でしたね。今までとは全然違う世界で」
2年半ほど華やかな場所で働いた。そして、26歳で銀座のクラブへ移った。
「キャバ嬢はどちらかといえば恋人感覚で、ホステスは妻。銀座は、政財界、芸能人を相手に、知っていることも知らない体でお客様を立てる世界なんです。昼間は菓子折り持って、スーツを着て営業で会社を回るんですよ」
場の空気を読み、相手の言葉や意図を察する。その能力がひたすら磨かれた。取材中も、筆者が話そうとした瞬間、まりさんはサッと口を閉じ、聴くことに徹する姿があった。
