「締め切りに間に合わないなら、この顛末を業界の知り合い全員に言いふらす」
深夜、私はパソコンの前でその文面を何度読み返したことでしょう。カーっと怒りが込み上げた後に、底知れないみじめさに襲われたのです。私に会社という「盾」があれば、相手はこんな言い方をしなかっただろう──。
「今の自分には、もう言い返す資格(看板)がないのだ」
そう思うと、この情けない事実だけが部屋の冷気とともにじわじわと体に染み込んできたのです。
「会社OS」の優秀な奴隷
振り返れば、私はずっと「会社OS」の優秀な奴隷でした。
朝から晩まで尽くす相手は組織の論理、たまに早く帰宅すると、わが子から「知らないおじさんが帰ってきた」と泣かれる始末でした。泣きじゃくる娘を深夜1時まであやしながら、「いったい自分は何のために働いているのか」とリビングの隅で空しさをかみしめていたのです。
私は自分の「好き嫌い」すら封印していました。
家族と外食するとき、本当はカキフライが食べたくてたまらないのに、子どもたちが「ハンバーグ!」と叫べば、自分の意思を瞬時にゴミ箱に捨てて家族の好みに合わせました。そして、彼らが残した付け合わせのキャベツを、残飯処理班のように胃袋に流し込んでいたのです。
それは「優しさ」からではありません。自分の「機嫌」を他人にゆだねきった、ただの「思考停止」だったのです。
独立してから、ある著者に企画を持ち込んだときの体験は、決定的なものでした。
かつてなら名刺1枚で企画の執筆を引き受けてくれた相手が、私の「顔」ではなく「企画書」だけを冷淡に見つめていたのです。相手にすれば当然のことです。しかしその当然のことが、私のプライドをひどく傷つけたのでした。
