本社のある福岡市ではパスタレストランとして高い知名度を誇るピエトロだが、九州を離れるとレストランの存在感は薄く、ドレッシングブランドとして認識されるケースが多い。
一方、主力商品のドレッシングは競合に比べて高価格帯で、節約志向が強まる中では手に取られにくい側面もある。ファンベース・コミュニケーション本部・広報室の松田詩織室長は「レストランでメニューを楽しんでもらって、ピエトロのことを好きになっていただけると、食品の購入にもつながる」と話す。
つまり、レストランでの体験を通じてファンを増やし、その結果として商品事業を成長させる。これが現在の出店戦略の根底にある。
もっとも、この発想にたどり着くまでには紆余曲折があった。ピエトロには、首都圏攻略を目指した挑戦が撤退局面へと追い込まれた歴史がある。
ピエトロレストラン・ドレッシング誕生の裏側
ピエトロは1980年に福岡市で創業した。創業者の村田邦彦氏が東京で食べたアルデンテのパスタに感動し、レストランを開業したのが始まりだ。
前菜のサラダに使っていたドレッシングも評判を呼んだ。国産玉ねぎと九州の甘めの醤油をベースにした味わいが人気となり、「野菜嫌いの家族がサラダを食べるので分けてほしい」という声を受け、ワインの空き瓶に詰めて譲ったことが現在の「ピエトロドレッシング 和風しょうゆ」の原点となった。
店頭販売を始めると口コミで広がり、看板商品へと成長。今ではレストラン以上にドレッシングの知名度が高い。レストラン事業も九州を中心に拡大し、直営店とフランチャイズチェーン(FC)の両輪で成長した。93年には東京1号店を出店。物流や店舗運営の体制整備が進んだことを受け、首都圏展開を本格化させた。

00年には大手商社の伊藤忠商事などと合弁会社を設立し、FC展開を加速。02年には東証上場を果たし、03年3月末には、九州や首都圏を中心に創業後最大の114店舗を構えるほどとなった。この時、全店舗に対するフランチャイズ比率は7割に達した。
だが、急拡大のひずみも表面化する。FC店舗が増えたことで品質管理が難しくなり、味やサービスのばらつきが生じた。加えてデフレによる価格競争が激化し、相対的に価格帯の高いピエトロは苦戦。不採算店舗が相次ぎ、閉店ラッシュが続いた。
