一番のターニングポイントは、僕の家に泊まり込みで実施した「個人合宿」だったと思います。
2025年10月、塩貝選手に日本代表から招集の可能性を伝えるレターは届いていたものの、最終的に招集メンバーに選ばれませんでした。続く11月も声がかかりませんでした。そして、なぜかU-21の代表にも選出されませんでした。
現状を維持していたら、もはやW杯には間に合わない―。
代表ウィークに入ってNECナイメヘンの練習が4日間オフになったとき、塩貝選手は僕にこう提案しました。
「休んでいる場合じゃない。あとで振り返ったときに『この時間があったから今がある』と思えるように、合宿をしたいです」
フラフラになりながら示した「共に戦う姿勢」
「スポーツ360」のケルン本社にはジムがあり、トレーニングを行うことができます。近くにドイツ体育大学ケルンがあり、日本人留学生たちを練習パートナーとして呼ぶことも可能です。
僕の家を宿泊場所とし、3日間の緊急合宿を開くことにしました。
メニューとしては午前にジムで筋力トレーニングに取り組み、午後にはグラウンドを借りて、ドイツ体育大学ケルンに通う日本人のGKとDFを呼び、いろいろなパターンのシュート練習と走り込みを行うという流れです。
シュート練習では僕もスパイクを履き、塩貝選手に球出しする役やDF役を担いました。
かなりガツガツ圧力をかけたので、あとで塩貝選手から「ファン・ダイクかと思いましたよ」とイジられました(笑)。
走り込みはスプリントを繰り返すインターバルトレーニング。めちゃくちゃきついメニューです。
塩貝選手から「龍後さんもやるでしょ? これくらい走れなきゃ、有望な若手選手と契約できないですよ」と言われ、退路を塞がれました。息が上がってフラフラになりながらも走り切りました。
半分お世辞だと思いますが、塩貝選手もようやく褒めてくれました。
「アスリートじゃないのにあそこまで戦う姿勢を見せたのはすごい。魂を感じました。きつい状況を一緒に乗り越えるとやはり関係が深まりますね」

