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部員わずか3人で廃部寸前だった八ヶ岳山麓の合唱部、救ったのは移住音楽家—年400時間を注いだ部活動「地域移行」の現場

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移住してきた音楽家が地元中学校の合唱部を指導、活気に満ちた練習を可能にしている(写真:筆者撮影)
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報告書によると、負担感の背景として挙がったのはやはり教員の長時間労働の問題だった。これは多くの地域に共通する課題だが、部活動を持続可能なものにするためには、地域移行がいいことは分かっている。

だが、地域に移行するにしても、指導者となる人員の確保と、報酬、旅費等の支援をどうしていくかという問題が残る。富士見町の場合には隣にある原村との連携を取る案が持ち上がった。同じような問題を抱えていた原村と協力することで地域移行を進めてみようというものだ。

町に現れた音楽家

当時、富士見町には首都圏から移住した青年がいた。東京でバリトン声楽家として活動していた根本崇史さんだ。

音大出身の根本さんは、大学時代には地元神奈川県の高校で合唱指導をしていたこともある人物で、指導経験を友人に何気なく話したところ、その話が地域の福祉や教育に関わる人を通じて、富士見中学校に伝わった。やがて根本さんのもとに中学の合唱部を見てもらえないかという相談が持ち掛けられる(前の記事参照)。

当時、富士見中学校には音楽の教員が一人しかおらず、同校には吹奏楽部もあったため、音楽が専門ではない教員が合唱部の顧問を引き受ける状態が続いていた。

3年間、専門的な指導を受けられずに卒業する子どもたちのことを不憫に思った根本さんは、手伝えることは手伝いたいと思ったと話す。しかし、この依頼の電話には続きがあった。

「実は、謝礼が出なくて、ボランティアなのですが……」

そう切り出されたとき、根本さんはすぐには返事ができなかった。

国立音楽大学で音楽教育と声楽を専門的に学んで卒業している根本さんは、東京では有名ホテルのステージにも立ってきたプロの音楽家だ。学生時代に部活動を指導したことはあったものの、卒業してからは無償で指導を引き受けた経験はない。

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