児童相談所は長女が18歳以上だから対応しづらかったことに加えて、これまでの経験を踏まえて緊急性を重んじたなど理解できるところがありました。
また、「警察に通報することを長女に言ったほうがよかった」ところはあるものの、もし長女が「やめて」と言ったとしても児童相談所は危うさを感じて通報したかもしれません。
一方、警察も児童相談所からの通報は緊急性が高いうえに、「首を絞められた」という報告、飲酒による再発の可能性、長女・次女の安全確保にもとづく、“人身安全対処事案”という判断は妥当に見えます。また、暴行は親告罪ではないため、警察は被害者の申告がなくても対応が可能など、現行犯逮捕に至る一定の必然性は満たしていたのでしょう。
情報番組のコメンテーターやSNSには「親子の問題」というコメントも目立ちますが、暴力に親子と第三者の区別はありません。むしろ「親のことを相談しづらい」「生活の危機を考えてしまう」などの点で深刻化しやすいだけに、暴力を「家庭内の話」で矮小化すべきではないでしょう。
児童相談所と警察が「親子の問題」に流されずに対応をしたこと、さらに影響力を持つ有名人でもひるまずに対応したことは評価していいのではないでしょうか。
いずれにしても、今回の対応で児童相談所や警察が責められてしまうと、日々多くの案件に対応している現場を圧迫しかねません。通報や逮捕の妥当性を問うことより、「今後この親子にどのようなサポートが必要なのか」を考えることのほうが重要です。
辞任に対して「妥当」「早すぎる」と意見が二分
3つ目の論点「辞任の妥当性」については、ネット上に多くのコメントがあがっているように疑わしいところがあります。
阿部前監督は「伝統ある巨人軍の監督の名を汚してしまい、とても深く謝罪したい気持ちでいっぱいです」などと辞意を表明しました。
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【「辞任しておしまいでいい」とは思えない】
