「検査結果のつらい内容を、患者さんや家族に伝えなければならないよ。生と死に関することを話さなければならない場合もあるよ」
等々、医師を目指すということはどういうことか、一部引き止めるための表現を含んだ形で娘に問いかけた時期もあった。けれども、わかっているのかわかっていないのかはさておき、彼女の決心は変わらなかった。
私が急性リンパ性白血病の闘病をしたとき、長女は小学5年生だった。抗がん剤治療が始まるまではよく病院に見舞いにきてくれ、主治医の先生とも話をする機会があった。
治療が始まり、脱毛や左脳にできた膿瘍(のうよう)からの右手の麻痺といった副作用で私が苦しんでいた姿も覚えているようで、医学部受験の際の志願書には、「母が治療中に苦しんでいるとき、自分の無力さを感じた」と書いていた。
長女も次女も「転んでもただでは起きない」
「治療を母の希望も確認しながら進め寛解の状態にし、日常を取り戻すまでサポートてくれた医師に心から畏敬の念をもった。私も母の主治医のような医師になりたい」
娘にとっては、当時の主治医が彼女のロールモデルになっているようだった。具体的な目標となりえる人間を知る人は、ぶれずに自分の目指す道を進むことができると思う。長女の場合も私の闘病時の主治医との出会いが、彼女の医師への道を支えてくれたようだ。
「あなたは、転んでもただでは起きない人だね」と、白血病の闘病記を書いた後、複数の友人に言われたことがある。
