さらに2014年には「海洋散骨」を始めた。
「ここは目の前が海で、仏教が伝来する前は海に還る弔いもあったと知りました。北九州市は全国でも高齢化率が高く、墓の問題で困っている人も多い。ですから、現代のニーズに応じて海洋散骨をいち早く取り入れました」と語る。
こうした取り組みによって年商は着実に伸び、2017年には5000万円規模に達した。
人生の浮き沈みに寄り添える存在に
しかし、高瀨さんは「ずっとモヤモヤしていた」と打ち明ける。「収入が増えていても、いずれ頭打ちになる。それに、和布刈神社とは何か、アイデンティティを明確に説明できない自分をもどかしく感じていました」。
そんな中で転機となったのは、当時、中川政七商店の代表だった中川淳さんの著書との出会いだった。
「中川政七商店は、日本の工芸をベースにした製造小売を行う一方で、ブランディング支援も行っています。伝統工芸と神社は文化継承という意味で近いと感じましたし、『きちんと伝えればお金は後からついてくる』という中川さんの考え方に深く共感しました」
そこで、太宰府天満宮の宮司に提案して、2017年福岡県神社庁研修会に中川さんを招くことに。太宰府天満宮の宮司につないでもらったのをきっかけに2018年、中川政七商店にコンサルティングを依頼して、和布刈神社のリブランディングに着手。
「神社の歴史や由緒を徹底的に調べ上げ、今の思物供養や海洋散骨まで整理して、どのようにつないで伝えたらいいかを考えました」
その結果、たどり着いたのが「人の人生の浮き沈みに寄り添える存在」という定義だ。「和布刈神社は月の神様を祀っています。月の影響で潮が満ち引きするように、人生にも波がある。そのときどきに寄り添える存在でありたいと思いました」。
この考えをベースに授与品を見直し、30種類ほどあった既製のお守りをオリジナルの3種類に刷新。ひもといた由緒から八重桜の神紋も取り入れた。
授与所をリニューアルし、授与品は室内で神職が鈴振りをして渡すようにした。「和布刈神社のアイデンティティが明確になり、あるべき姿にスッキリと整いました」 。
