この差は、子どもにとってはかなり大きいと思います。なぜなら、本人に才能や意欲があっても、家庭の中に「教育投資」という発想そのものがなければ、塾に行くことも、難関大受験の情報を集めることも、長期戦の受験計画を立てることも、当たり前にはならないからです。
受験は本人の努力だと言われますが、その努力を支える環境が最初から大きく違っている。そこに、家庭の経済状況と家庭の価値観の両方が絡んできます。
ドラゴン桜的な受験は減っていくのかもしれない
漫画『ドラゴン桜』のような受験は、もともと「本人の気合いだけでは覆せない差」にどう立ち向かうか、という話でもありました。

けれど今は、その差がさらに見えにくく、さらに早い段階から広がっているように思います。
