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日本的温情経営の祖~明治一オモロイ経営者・朝吹英二②『明治実業家の知識・見識・胆識』特別編

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明治実業家の知識・見識・胆識
東京駅周辺には三菱地所と三井不動産のビルが点在する(撮影:尾形文繁)

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明治時代、三菱と三井という二大財閥で大幹部を務めた稀有な経営者がいた。その名は朝吹英二。かつて福沢諭吉を斬ろうとした過激な青年は、説得の末に諭吉の「思想の申し子」となり、後に三井財閥の空中分解を防ぐほどの功績を残すことになる。
筆者は近著『明治実業家の知識・見識・胆識』で渋沢栄一や岩崎弥太郎らを取り上げたが、そこに書き切れなかった「第2世代」の風雲児こそが彼である。凄まじい借金を抱えながらも、その底知れぬ「愛敬」ゆえに吉原の芸者たちに支えられ、正反対な性格の三井両巨頭を繋ぎ止めた。
「紡績王」ら多くの逸材を育てた彼の生き様からは、中国古典にはない「組織を動かす潤滑油」としてのリーダー像が浮かび上がる。知られざる怪物の、愉快で深い生涯を紐解く。(全3回)
第1回:非イケメン界隈の希望の星~明治一オモロイ経営者・朝吹英二①『明治実業家の知識・見識・胆識』特別編

200億円の負債を背負った借金王

福沢諭吉の出版の手伝いなどをしていた朝吹英二だったが、諭吉があまり著作を出さなくなると、仕事がヒマになってしまう。そこで、慶應義塾での先輩だった荘田平五郎の紹介を受けて、三菱入りした。

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営業などで頭角を現し、あっという間に幹部となった彼は、貿易商会という子会社の取締役を任される。

この会社は、当時の日本が、貿易の主導権を外国の商館に握られて、好き放題やられていた状況を打破し、主導権奪回を目的として設立された。

岩崎弥太郎はもちろん、福沢諭吉などの慶應系の人々も出資、政府の最大権力者であった大隈重信が後ろ盾という、万全の体制で設立。

当初は、海外商館を押しのけ、生糸の直輸出を切り開くなどの貢献をしたが、しかし最終的には大失敗してしまう。

根本的な問題は、貿易と英語に精通したエキスパートがいず、また、腰を据えたマーケティングや、徹底した品質管理もなかったことだ。

また、会社の設立直後に大隈重信が失脚、政治的な後ろ盾を失ったことも後々まで響いてしまい、明治19(1886)年に破綻。

すると朝吹は、他に迷惑をかけられないからと、なんと商会の負債をすべて一人で引き受けた。その総額は100万円ともいわれ、彼は稀代の借金王になってしまう。

ちなみに、当時の100万円を現代の貨幣価値に換算すると、200億円ほどになる(換算方法によっては、1桁以上金額が変わってしまうので、あくまで目安としての金額)。

このあと彼は、日本初の実業家の社交クラブ・交詢社の創立や、大隈重信の政治活動を手伝うなどして、糊口をしのいだ。

そんななか、犬養毅(後に首相、憲政の神様といわれる)や尾崎行雄(やはり憲政の神様といわれる)などが、彼のもとにカネを借りに来る。もちろん朝吹を当代一の借金王と知ってのうえだ。よく借りに来るものだが、朝吹も朝吹で、どこかからおカネを調達して、二人に貸してやった。

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