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非イケメン界隈の希望の星~明治一オモロイ経営者・朝吹英二①『明治実業家の知識・見識・胆識』特別編

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日本橋にある三井のビル群(撮影:今井康一)

INDEX

明治時代、桁外れにオモロイ経営者がいた。
その名は朝吹英二。
彼は、三菱と三井、2つの財閥で大幹部を務めた稀有な経歴の持ち主であり、彼がいなければ三井財閥は空中分解していた可能性もあったほどの業績を残している。しかも、人材育成の神様でもあり、彼の薫陶を受けた部下からは「紡績王」「製紙王」「財界世話人」と呼ばれた実業人が輩出している。
しかし、残念ながら一般的な知名度はほとんどない。
筆者は、『明治実業家の知識・見識・胆識 解き方のわからない問いに答えを出した男たち』という本を上梓した。明治の第1世代の実業家たち――渋沢栄一、岩崎弥太郎、大倉喜八郎、安田善次郎、森村市左衛門、三野村利左衛門、広瀬宰平、伊庭貞剛などを取り上げた内容だ。
朝吹英二も、その一人として登場させたかったのだが、朝吹英二は、世代でいえば明治実業家の第2世代に当たることもあって、うまく本文中にはめ込むことができなかった。
しかし、切り捨てるには、あまりに面白い人物。しかも彼の人柄からは、筆者が専門とする「中国古典のリーダー像」に欠けている、ある要素が浮かび上がってもくるのだ。
そこでオンラインという場を借りて、この魅力的な人物を紹介していきたい。(全3回)

諭吉を斬ろうとした「思想の申し子」

朝吹英二は、嘉永2(1849)年に、豊前(今の大分県)に生まれた。日本近代化の父の一人・福沢諭吉の実家と同郷であり、朝吹英二は後に、福沢諭吉の甥であった中上川(なかみがわ)彦次郎の妹と結婚、身内として諭吉から最も信頼された人物となっている。

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ところが、そんな彼は若いころ、物騒なことに福沢諭吉を殺そうとしていた。

朝吹英二は、庄屋の家に生まれ、機会を得て、中津藩の大阪蔵屋敷で働いていた。

そんなおり、大阪に立ち寄った福沢諭吉と、その甥の中上川彦次郎に出会い、諭吉に気に入られて雑用を頼まれるようになる。

しかし朝吹英二は、若いときに「尊王攘夷」の影響を受け、外国かぶれの典型に見える福沢諭吉に反感を持っていた。

同志と語らい、機会があれば諭吉を斬ろうとしていたある日、チャンスがやってくる。

諭吉が、師であった緒方洪庵(蘭学者、医者)の家を訪問するのに、朝吹英二を護衛に連れていったのだ。

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