例えば、吸った息は必ず肺にしか入らず「お腹」には入らない。そもそも、「お腹」とはどこを指すのか。胃に空気は入らない。肺に息が入るのであるから当然肺は膨らみ、その勢いで肩周りも広がり伸び上がるはずなのに、なぜ「肩を上げてはいけない」のか。
筆者はこのような呼吸法の指導の矛盾を長く研究しているが、明確なエビデンスと共に指導法を記したものは、残念ながら見当たらない。
わが国における腹式呼吸に関しては、古くは平安時代の書「梁塵秘抄」の中で、歌舞音曲を行う際に、腹式呼吸と思しき呼吸が重要であると書かれている。だが、こうした腹式呼吸がどのように管楽器演奏の基盤となったかは、未だ明確ではない。
海外の管楽器界に目を向けると、非常に興味深い書籍がある。フランスのトランペット奏者であり、パリ国立高等音楽院で1等賞を取得し、理論的教育者として活躍したミシェル・リキエール(Michel Ricquier)氏の著作『Traite Methodique de Pedagogie Instrumentale(管楽器教育における体系的アプローチ:筆者訳)」である。
本書は管楽器教育を中心に、呼吸を軸とした意識の捉え方や心理学的考察に基づく指導法を詳細に記述し、脱力や呼吸、セルフコントロール、意識の活用法について非常に詳細に説明されているのだが、その中に、何と「HARA」という項目があり、以下のように腹式呼吸について記されている。
この書籍の出版は1982年だ。筆者が知る限り、それ以前に海外において類書は見当たらない。つまり、この書籍の出版以前に、西洋では腹式呼吸という概念が、管楽器演奏において認識されていなかったことが考えられる。
また現状も、欧米諸国の管楽器指導において腹式呼吸が強調されることはあまりないように感じる。少なくとも筆者は欧米への留学時代に一言も耳にしていない。
これらのことから筆者は、明治維新直前に西洋から「輸入」された軍楽隊の教えに腹式呼吸は含まれていなかった可能性が高く、日本は「文化として根付いていた腹式呼吸」を独自に管楽器演奏に応用したのではないかと推測している。
管楽器演奏における腹式呼吸にはそもそもエビデンスがないのだ。吹奏楽指導者はそのことを認識し、経験則だけに頼らず、医学や生理学的など身体分野の研究も学び、最もふさわしい呼吸法を考えていく必要があるのではないだろうか。

