日本に必要なのは国論の二分ではない、思考停止・議論停止をやめて「真実を求め、いい案を出すために議論する姿勢」だ

✎ 1〜 ✎ 311 ✎ 312 ✎ 313 ✎ 314
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

しかし、これまでは、リーダーシップが弱い、ということで片付けられてきたが、政治の世界でいうフォロワーシップが足りないということでもなく、議論をする、真実へ向かって純粋に考え合うという意味での議論ができないことから来ているのではないか。

これは、二大政党制の確立に失敗した、政党政治の制度改革にも表れている。そもそも、政権交代や、二大政党制で対立軸が日本には必要だ、という認識自体が間違っていたのである。日本では、なし崩し、なあなあの議論、なんとなく雰囲気で、空気で、という意思決定をしているのがいけない、これはきちんと対立軸をもって議論することが必要だ、という認識で、政権交代という形を取ることが理想とされた。

しかし、これはまったく間違っていたのだ。そもそも対立軸がないから、どの政党が政権を担ったところで、全国民へ向けて八方美人の政策がとられ、全員にバラマキが行われる。

誰一人おいていかない、見捨てない、という美辞麗句のもとに、1ミリも改革が行われない。こういう変化が必要なときに変更ができない日本、という問題は、二大政党制はもちろん、対立軸のディベートでは解決できないのだ。みんなで真摯に、真実を求めて、立場に関係なく(ステイタスではなく、議論をするうえでのポジションを取らずに)、議論する、ということができない以上、次の段階に進むことができないのだ。この過程を経ずに決断すれば独裁と言われるから、要は何もできないのだ。

必要なのは「議論をして逃げずに決断すること」だけ

さて、このような状況で、高市早苗首相は、国論を二分するような政策、改革に挑戦するために、衆議院を解散した、とのことだが、これも同じ間違いに基づいている。日本は国論を二分するような論点はほとんどない。

トランプ大統領と高市首相が似ているのは、わざわざ存在しない対立軸を作って(トランプ大統領はフェイクニュース、ディープステート)、しかも、自分がその弱いほうの味方だと位置づけて、戦う姿勢を見せて支持を得ているところである。

しかし、アメリカはまさに二分だが、日本は二分ではなく、「ザイム真理教」ならば、ほぼ国民全員で、陰謀をたくらむエリート(昔の)を攻撃することにみられるように、やはり八方美人で、スケープゴートを作る、という手法なのである。

これが弱いものならいじめの構造だし、エリート的なグループを生贄にして、大多数の庶民を味方にする手法である。つまり、日本では、二分する議論など存在しない。原子力発電所の事故の問題でも、原発再稼働の問題でも、これらは議論をすることさえタブー視された、議論停止、思考停止が問題なのであり、二分する問題に挑むことではなく、そもそも議論することが必要なのである。そして、議論してみれば、みんな問題から逃げていただけで、意見はほぼ一緒で、逃げずに決断することだけが必要なのである。

だから、日本に今必要なのは、国論を二分することではく、また国民会議のような仕掛けでもなく、思考・議論停止を止めて、ただ、真実を求めて、いい案を出すために、純粋にみんなで議論するという姿勢なのである(本編はここで終了です。この後は競馬好きの筆者が競馬論や週末のレースを語るコーナーです。あらかじめご了承ください)。

次ページさて競馬。筆者の「覚悟のJRA改革論」
関連記事
トピックボードAD
マーケットの人気記事