イラン、アフガン、そしてベネズエラは……暴力による「独裁者の排除」がうまくいかない訳

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独裁者は、ダメな政治を変えようとして現れますが、やがてお金や権力に目がくらんで、ダメな独裁者と化してゆき、世の中から乖離していく。政権交代も難しいのでずるずると居座って、最後は立ち上がった人々によって放逐される。独裁者とは、そういう繰り返しの世界なのでしょう。

一方、日本にはファシズムがありませんでした。江戸時代は、幕府の将軍に力が集中するのを防ぐため、老中や大老などを置いて集団指導体制を敷いていましたし、明治時代に天皇に国家権力が移っても、元老と呼ばれる集団指導体制を敷き、なおかつ軍と政治は分離すべきという考え方で統帥権を立てた。

今の時代から振り返れば、統帥権によって軍の暴走を招いたと言われますが、当時は、政治的独裁者が軍を自在に動かすことを防ぐという発想だったのです。

結果的に日本は、少しでもリーダーシップを取る人が現れると、袋叩きにして辞めさせようとする国になりました。日本を左右するのは、独裁者ではなく空気の圧力なのです。

権力の維持と組織の発展

世の中が混乱している時は、信長のようなリーダーがいいけれど、平和な時は、家康のほうがいいという話がありますが、企業にも言えることでしょう。

例えば、スタートアップの経営者は、独裁者的な資質を持つ人が多く、人々を率いて新しいものを作り出します。しかし、社員が数百人規模になり、もうすぐIPOだとなると、コンプライアンス遵守という話になる。すると、独裁者的な起業家には、パワハラやセクハラなどの話がたくさんあって、失速してしまうということがあるのです。

そこで、独裁的な起業家がうまく株を譲渡して退陣し、運用の得意な後継者にバトンタッチすることが大事ですが、うまくいかないケースは非常に多いですよね。

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