中室:今回日本で行われる高校無償化は、2026年度から私立高校は約45万円までは無償になりますから、約45万円のクーポンが支給されたのと似た意味を持つことになります。政策的な意図としては、少子化で生徒数が減っているため、私立高校と公立高校の間での競争を起こすように仕掛けて、学校の、特に公立高校の生産性を上げることを目的としています。
窪田:教育バウチャーを実施している国では、どんなことが分かっているのですか?
中室:アメリカのウィスコンシン州で実施した小規模なバウチャー制度では、卒業率や大学進学率などでは肯定的な効果もあったことがわかっています。しかし、大規模なプログラムになると、学校間の社会経済的な分離が進むことを示した研究もあり、教育経済学の研究者の中には、「バウチャー制度の全面的な導入を推奨するだけの証拠は不十分」だという指摘をする人たちは少なくありません。
「浮いたお金」が教育格差を広げる?
窪田:狙っていた効果が得られていないのですね。
中室:また、学費が無償になったとしても、通学のための交通費が負担になって、自由に選択できないというケースも考えられます。海外の研究では交通費の補助をしなかったために、教育バウチャーが期待したような効果を発揮できなかったと結論づけているものもあります。海外の研究では、バウチャーを使用する生徒への効果だけでなく、公立から私立への生徒の移動パターンと影響、公立の教育の質への影響などさまざまなことが既に研究されていますから、海外で何がうまくいって、何がうまくいかなかったのかを精査し、日本の制度設計に生かすことが重要だと思います。
窪田:一概に、授業料を無償化すればよいというものではないと。
中室:そう思います。高校授業料の無償化が始まると、所得が高い世帯では浮いたお金を塾や習い事に回しますよね。それにより、さらに所得による教育格差は広がる可能性があり、格差が広がらないようにする手立ても考えておく必要はあると思います。