極寒のノモンハンの川で”魚獲り”。召集令状を受け中国東北部へ出征した著者が実際に経験した「巨大魚」との死闘

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巨大魚
「あんな大きな魚が川にいるなんて」。巨大魚に魅入られた男たちの死闘――(写真:k.top/PIXTA)
戦前の北海道を舞台に「喰う・喰われる」の掟に従ってひしめきあう生命を描ききったアウトドア文学の名著『秘境釣行記』。
沢を走る鉄砲水の恐怖、摑み取りできるほど大量のイワナ、一日で百匹を超すヤマベ釣り、暗闇にひそむヘビやヒグマ、目の前で宙を飛び滝壺に消えていった巨大イワナなど――。
召集令状を受けて中国東北部のノモンハンへ出征した著者は、日ソ間に停戦が成立した間にアルゼン川にいる巨大魚を釣り上げようと試みるが――。

あんな大きな魚がいるなんて

烈しい水音が耳をつくと同時に、糸は張りを失い、淵の深みで魚影が大きく揺らめいて、たちまち見えなくなった。

“あんな大きな魚が川にいるなんて……。”思いもよらぬ巨大魚に魅入られて、私はしばし静まり返った川面を見つめていた。「大きな魚がいる。四尺ぐらいだ」と宮本氏から聞いて、“ならば、餌さえ食わせることができたら釣れる”と単純に考えたのが間違いであった。今さらながら自分の迂闊さが悔やまれてならなかった。

夕日はすっかり西へ沈み、草原は薄闇をまとって褐色の荒野に姿を変えていた。私はようやく馬を走らせて帰路についた。

3日後の日曜の早朝、私は本部付きの三上軍曹に呼ばれ、「これから魚をとりに行くから用意をしておくようにと坂田軍曹に伝えよ」と命じられた。坂田軍曹は機材係で、私たちの班長でもある。班長のところへ行くと、黄色火薬10個、雷管10本、導火線5メートル、そして紙に包んだマッチ箱の入った雑囊を渡された。

「今野と田上は川下の浅瀬を渡って、向こう岸で魚を上げることにする。その前に、3カ所に分けて同時に発破をかける」

三上軍曹が、きびきびとした口調で言った。

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