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政治・経済・投資 #戒厳令ショック 激動の朝鮮半島の将来

韓国政治は「弾劾」と「刑事捜査」が並行し不安定続く 逮捕された尹錫悦大統領の発言は今後も波紋を招く

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――戒厳令宣布のちょうど前に、戒厳令を拡大して権威主義的な政治を行った全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領の評伝を出版されました。その中には1979年、1980年の戒厳令のことも詳細に記述されています。(『全斗煥 数字はラッキーセブンだ』ミネルヴァ書房、2024年)

1980年5月17日に全斗煥が主導して行ったクーデターは、戒厳令を新たに出すのではなく、すでにある戒厳令を全国にまで拡大したものだったのですが、その後の事態の展開は、今回の事件の捜査で出てくる、大統領が考えていたとされる事態のシナリオと極めて似ています。

戒厳令への根回しがなかった

ただ違ったのは、全斗煥が自らの仲間になる将校らに幅広く綿密な根回しをしていたのに対し、尹錫悦はその根回しをしていなかったように見えることです。

例えば、国会を封鎖するために特殊作戦部隊が向かいましたが、派遣された部隊が真剣にこの任務を遂行しているようには見えませんでした。戒厳令の背後にある大統領の意図が、彼らに共有されていなかったのは明らかだと思います。最後に動くのは現場の人々ですから、彼らとの意思の共有ができていなかったのは作戦としては致命的な失敗です。

そもそも、戒厳令により国会を封鎖するのは明らかな憲法違反です。結果、国会は憲法に明記されている通り、戒厳令の解除要求を決議し、布告してから短時間で尹大統領は解除せざるをえませんでした。だからこそ、この実質的なクーデターでは、国会封鎖は最も枢要な作戦だったわけですが、それすら準備できていなかった。

もう1つ、クーデターや戒厳令の定石であるメディアの制圧も行わなかった。公営放送のKBSをはじめテレビ局側は「いつ軍隊が来るか」と緊張感を持って放送をしていましたが、何も起きなかったのはある意味、とても印象的でした。クーデターではまず放送局を制圧し、自分たちの主張を人々に伝えるのが常道ですが、今回はそれもありませんでした。

それゆえに国会議員や市民たちが報道を見て、国会議事堂があるソウル・汝矣島まで集まることができた。報道から「危険だ」と感じられれば、あそこまで人は来れなかったでしょう。

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