熱海が若者から人気の観光地として復活したのは、行政の熱意によるところが大きい。テレビを中心としたロケ地の誘致に注力し、ほぼ無償で制作協力を行うことで、熱海の名前の露出を増やしていくことに腐心した。
実際に筆者の知人のテレビ局ディレクターも「困ったら熱海」というほど、業界内でもロケ地として使いやすい場所になっているという。インバウンド頼みの観光地が多い中で、国内の観光客に訴求する広報戦略は十分な成果を生み出している。
ただ、長年宿泊業も営んできた前出の渥美さんは、熱海という土地柄が、観光客を宿泊に結びつけることを難しくしているとも感じている。
「もともと熱海は外国人観光客が多くなくて、それは今でも同様です。国内の宿泊者に関しても、以前は花火大会の際に多くの人が宿泊してくれましたが、今は日帰りの人が本当に増えました。観光は根幹産業ですが、夜が動かないから伸ばせないというジレンマを抱えている人はたくさんいます。しかし、個人事業主がほとんどで、後継者がおらず営業できないからどうしようもない、という面もあります。
タクシー事業を運営していると、そんな街の事情が嫌でも見えてきます。熱海は静岡県の中では比較的ドライバーの営業収入は多い地域で、最近はドライバーも少し若返り傾向にあります。それでも、夜間の収入が上がらないと長くは続きません。そういう強い危機感は持っていますね」
土石流災害が残した傷跡
もう1つ見逃せないのが2021年7月にこの地を襲った、死者23名と甚大な被害となった土石流災害の影響だ。移住先としても人気を集めていた熱海だが、天災以降、その勢いは鈍っているという声もあった。地元の不動産業界関係者がこう明かす。
「2017年頃から熱海の不動産業は好調で、分譲マンションや一軒家も問い合わせが相次ぎ、コロナ禍では東京からの移住者が特に目立っていました。ところが、あの災害報道で潮目が変わります。正確には、伊豆山周辺で起きた災害でしたが、報道では『熱海』と出していた報道も少なくありませんでした。それで街が危険だという認識を与えてしまった面があります。昨年頃からようやく転入者数や不動産価値も回復傾向にありますが、勢いが鈍化したことは間違いありません」
被災地周辺は現在も復旧作業が行われるなど、いまだ傷跡が残っている。当時からタクシードライバーとして災害と向き合っていた前出の山本さんは、「不謹慎だけどね」という前置きしたうえで、こんなことも話していた。
「皮肉なことだけど、被災した直後が一番タクシーの売り上げは多かった。特にマスコミ各社が何日もタクシーやハイヤーを貸し切っていたから、タクシー会社の懐は潤ったんだよ。時々伊豆や箱根に行ってほしいというお客さんや貸し切りの人はいるけど、それ以外の高単価の乗客はロケなどに来るマスコミばかり。昔のように飲食や呑み屋が元気を取り戻して、地元の人でも賑わってくれないと、我々としてはどうしようもないね」
観光地として、そして移住先としても人気を取り戻した熱海だが、タクシーや宿泊業の声を拾うと、地方都市の構造的な課題に直面していることもまた現実なのだろう。活気を取り戻した温泉地のドライバーにとって、苦難の時期は続いている。
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