このあとに、大久保の有名なこの言葉が続く。
「朝廷にとって不幸中の幸いだと、ひそかに心中に笑いを生じるくらいです」
この言葉から、大久保は火薬庫襲撃をむしろ「西郷を亡き者にするチャンス」と喜んだ……と誤解されて「大久保は冷血」というイメージが定着する一因となった。
歴史作家に西郷隆盛の伝記執筆を依頼
だが、大久保はあくまでも私学校の生徒と西郷を切り離して考えていた。結果的に、西郷を死に追いやることにはなったが、そうなることをほくそ笑んだわけではなかった。
西郷の死を知った大久保は、自宅にわざわざ歴史作家の重野安繹を呼び寄せている。そして、こんなことを言った。
「西郷の履歴については、人には知られていないことがある。自分は西郷の伝記を書こうと思うが、文才がない。お前が西郷の伝記を書いてくれ。これから話すことを書き記してほしい」
国賊となった西郷の名誉を回復してやりたい――。大久保はそう考えたのだろう。西郷の復権がなされたのは、死後10年が過ぎてからの明治20(1887)年に入ってからのことである。
(第57回につづく)
【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』(講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家(日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
瀧井一博『大久保利通: 「知」を結ぶ指導者』 (新潮選書)
勝田政治『大久保利通と東アジア 国家構想と外交戦略』(吉川弘文館)
清沢洌『外政家としての大久保利通』 (中公文庫)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
磯田道史『素顔の西郷隆盛』 (新潮新書)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵”であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
松尾正人『木戸孝允(幕末維新の個性 8)』(吉川弘文館)
瀧井一博『文明史のなかの明治憲法』(講談社選書メチエ)
鈴木鶴子『江藤新平と明治維新』(朝日新聞社)
大江志乃夫「大久保政権下の殖産興業政策成立の政治過程」(田村貞雄編『形成期の明治国家』吉川弘文館)
入交好脩『岩崎弥太郎』(吉川弘文館)
遠山茂樹『明治維新』 (岩波現代文庫)
井上清『日本の歴史 (20) 明治維新』(中公文庫)
坂野潤治『未完の明治維新』 (ちくま新書)
大内兵衛、土屋喬雄共編『明治前期財政経済史料集成』(明治文献資料刊行会)
大島美津子『明治のむら』(教育社歴史新書)
長野浩典『西南戦争 民衆の記《大義と破壊》』(弦書房)
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