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東京のドヤ街「山谷」男達が写真を撮り続ける訳 写真部に集まる男性達が抱えるさまざまな事情

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写真部(「山谷・アート・プロジェクト」)のミーティングの様子(2022年9月5日/東京都内/弁護士ドットコムニュース撮影)
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さまざまな事情を抱えた人たちが集まってくる東京・台東区のドヤ街「山谷(さんや)」。その一角にたたずむ建物の2階に男性たちが集まり、それぞれが撮った写真について「いいね〜!」と語り合っている。

「これはすごいな〜!」。ある男性が撮った写真にひときわ大きな賞賛の声があがる。約3年前に山谷にやってきた「新入り」だという。

「ここならば、生きていける」自転車で山谷へ

「新入り」の名前は、クラキさん(40代)。かつては、自転車屋として働きながら、高級住宅が並ぶ都心で両親と暮らしていた。一眼レフで写真を撮ることが趣味だった。

「ニコンの一眼レフを片手にお台場の展示会でコンパニオンを撮ったこともありました。人物を撮るのが好きなんですよ」(クラキさん)

そんなクラキさんは約3年前、大事な一眼レフを手放して、山谷にたどり着いた。

炊き出しがおこなわれる山谷の玉姫公園(6月1日、弁護士ドットコム撮影)

ある日、同居していた母親が精神疾患を発症して、アパート内でトラブルを起こすようになって入院した。クラキさんと父親は神奈川県に引っ越し、母親の退院後は新居で共に生活した。

ところが、母親の体調は悪化し、ふたたび精神病院に入院することが決まった。同時に、母親の面倒をみていた父親もガンが再発した。

それから約3カ月後、父親の入院先から電話がかかってきたが、クラキさんは仕事中で出ることができなかった。その後、姉からかかってきた電話で、父親が「危篤」だと知った。急いで病院に向かったが、すでに亡くなっていた。

クラキさんは24年間続けてきた自転車屋の仕事をやめた。母親の面倒をみながら、細々とバイトを続け、勤務先で正社員になった。しかし、母親の体調は回復せず、そのまま亡くなった。

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【心の中でプツンと何かが切れた】

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