今回は、簡単な例え話から始めたい。
米だけを生産し食べている、小さな村を考えよう。この村が豊かになる方法は、1粒の種もみから取れる米の量をできるだけ増やす工夫をすること、つまり生産性を上げることだ。そして労働人口が多ければ、その工夫をする人も確保しやすくなるし、米を育てる人手も多くなるから、村全体の米はたくさんできる。だから労働人口を増やすことにもメリットがある。
ところが、この村が高齢化して現役世代がほとんどいなくなってしまったら、どうしたらいいだろうか。米があっても種もみを植える人がいなければ、やがて食べ尽くしてしまう。この場合の選択肢は、大きく分けて2つしかない。1つは、働ける人に村外から来てもらい、米を育ててもらうこと、いわば移民を受け入れることである。ただし、これは違う文化や風習を持った人を村に入れることになり、その点でのハードルが高い。
もう1つの選択肢は、村外の人に米を育ててもらうことだ。もちろん、そのためには報酬を払う必要があるから、育った米をすべて得るのは難しいだろう。また、不正を働かれたりすることなく米を育ててもらうようなチェックも必要かもしれない。
自前で米を育てるのに十分な労働力がない村においては、このように村外に米をいわば投資してそのリターンを得ることは、移民の選択肢を除けば、ほぼ唯一の生き残り策だ。
すでにお気づきのとおり、この村の話は極端に単純化したものではあるものの、これからの日本の姿だ。成長戦略をさまざまに講じて、1人当たりの生産性を高める努力はされてきている。また、人口を増やす目標も掲げられ、その面でもGDP(国内総生産)を増やす方向での対策は取られている。もちろん、これらの対策は今後も重要であり、より一層の成果を上げるための工夫はしていく必要がある。
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