宮城県仙台市の南部、1978年にさとう宗幸が歌い、大ヒットとなった『青葉城恋唄』に登場する広瀬川とその主流である名取川に挟まれたエリアに太白区長町がある。
長町は江戸時代、奥州街道で伊達藩の仙台城に向かう手前の宿場町として発展した。長町宿からはほかに2本、西に延びる街道もあり、交通の要衝だった。
明治時代、1887年には東北本線が通るが、駅は96年まで設置されなかった。多くの宿場町が駅を積極的に誘致しなかったのと同様に、鉄道の駅が設置されることにより宿場としての機能が失われると考えたのかもしれない。
大正時代以降は大規模な操車場が置かれ、東北でも随一の貨物ヤードとなる。だが、戦後は鉄道貨物の取扱量が減少するにしたがって長町駅の持つ機能も減退した。一方、時代は長町にそれまでとはまったく異なる機能を求めた。東北一の都市として発展を続ける仙台市の増加し続ける人口の受け皿として、広大な貨物ヤードが注目を浴びたのだ。
仙台市は北部では泉中央に新しい副都心を築く計画を進め、南部にも副都心機能を整備しようと考えた。白羽の矢が立ったのが長町だった。
「あすと長町」が誕生
貨物ヤードがあったJR東北本線の長町駅から太子堂駅まで、周辺の土地も含めた約82ヘクタールについて、住宅・都市整備公団(現UR都市機構)に土地区画整理事業を要請。97年度から2018年度までの期間で、総事業費1128億円、居住人口1万2500人の新しい街をつくる事業が開始した。
街の名は「あすと長町」。「あすと」は日本語の「明日」と英語の「us=私たち」を合わせたもの。こうした名称は愛称や通称の域を出ないものが多いが、あすと長町は住所としても使われており、1丁目から4丁目までがある。
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