今回のコロナ禍では国が設置した専門家会議での議論が感染症対策をリードした。それと並んで注目されたのが自治体の首長の言動ではなかっただろうか。
北海道の鈴木直道知事は国に先駆けて独自の緊急事態宣言を発出した。大阪府の吉村洋文知事は「大阪モデル」を打ち出して名を上げた。市区町村レベルでも、例えばつくば市はクラウドファンディングを活用して飲食店への支援を打ち出し、渋谷区は住民票等のLINE申請について総務相の見解に対抗した。一方、一部の首長はお上である国の判断を仰ぐことしかできず、積極果敢な対応を取ることに失敗した。
開発独裁といわれるように、途上国では中央集権的な仕組みのほうが社会をうまく運営できることがある。日本の明治維新も同様だ。だが、現在の日本のように成熟した社会では国が音頭を取らなければならない領域は縮減している。
今回のコロナ禍は、感染症対策という全国的な問題だ。でありながら前述のとおり、自治体が地域の特性を踏まえた施策を打ち出す余地・必要性は十分に大きかった。ただよく考えれば、それは当然かもしれない。消防組織法では「消防を十分に果たすべき責任を有する」のは、国ではなく市町村とされている。ここでの「消防」とは、火災だけでなく水害や地震を含む。ウイルスや災害から命を守る場面は、まさに自治体の出番である。
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