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中国とAIが歴史を巻き戻す 開かれた社会と新たなる敵

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ベルリンの壁崩壊で「開かれた社会」はさらに進むと思われたが…(AP/アフロ)

1989年11月9日夜のベルリンの壁崩壊をきっかけに、中東欧の共産党支配は劇的に崩れていった。開かれた社会(オープンソサエティー)の波が最高潮に達した瞬間だ。

その10年ほど前から、私は「政治的な慈善事業」とでもいうべき活動に足を踏み入れるようになっていた。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで哲学者のカール・ポパー氏の薫陶を受け、「開かれた社会」の熱烈な支持者となっていたのだ。

ポパー氏はこう教えてくれた。人間は全知全能ではありえず、全体主義が喧伝するように指導層が全知全能であることもありえない。全体主義とは国民を弾圧することなくしては成り立たないイデオロギーなのである──。

80年代当時、私はソ連を頂点とする東側諸国で一党独裁に立ち向かう人々を支援していた。故郷のハンガリーで慈善団体を立ち上げたのは84年のことだ。活動は瞬く間に拡大した。やがてソ連が崩壊し、当初は300万ドルだった財団の年間予算もわずか数年で3億ドルまで増えた。開かれた社会はまさに日の出の勢いで、国際協調が世界の合言葉になった。

ところが、ベルリンの壁崩壊から30年が経ち、状況は様変わりしてしまった。国際協調の理想は袋小路に入り込み、排外主義が世界をのみ込みつつある。

なるべくして、こうなったのではない。91年にソ連が崩壊したことで米国は唯一の超大国となったが、開かれた社会に対する保護は十分とはいえなかった。新自由主義を掲げる米国は冷戦終結の果実を味わうのに没頭し、辛酸をなめる旧共産圏に救いの手を差し伸べようとはしなかった。

こうした中で中国が急速に経済力をつけ、米国と対峙する超大国にのし上がった。そして2008年のリーマンショックで米国の国際的な覇権が揺らぐのと時を同じくして、ナショナリズムが勢いづく。開かれた社会が逆風にさらされるようになった原因は、米国が超大国としての責務を果たさなかったことにあるのだ。

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