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弱国化を自ら選ぶ英国の不思議 EU離脱で英国民の所得はすでに2.5%下がった

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12月12日の総選挙が天王山となる英国の欧州連合(EU)離脱問題。ジョンソン首相の思惑どおり、ここで保守党が単独過半数を確保すれば離脱協定案の議会通過が見えてくる。離脱が英国にとってプラスだったのか、マイナスだったのかが遠からず明らかになるということだ。

「遠からず」という言い方は、あるいは語弊があるかもしれない。というのは、経済が今後悪化していったら、離脱派は「もっと長い目で見なければ離脱の影響は見極められない」と言い出すに決まっているからだ。事実、ジョンソン氏の側近は、50年経たなければ離脱の影響はわからないといった言葉を口にするようになっている。

では、これまでの50年はどうだったか。経済が慢性的に停滞する「英国病」を脱するには欧州共同市場(ECM)の一員となる必要がある──。こう結論づけたのは、1960年代初頭に保守党政権を率いていたマクミラン首相だった。51〜72年の英国の経済成長率は年平均で2.7%止まり。OECD加盟国中、最低だった。

「何を間違えたのか」。そんな疑問に取りつかれた当時の政策担当者はフランス流の計画経済を取り入れるなどしてあがいてみたものの、欧州統合の流れに加わらないことには活路が開けないという現実を変えることはできなかった。そして英国は、保守党のヒース首相の下でついにEUの前身である欧州共同体(EC)に加盟することになる。73年のことだ。

以来、2016年に国民投票でEU離脱が決まるまでの43年間、英国経済はドイツやフランスを上回って成長した。中でも92年に欧州単一市場が誕生してからの好調ぶりは群を抜いた。少なくとも16年に離脱が決まるまでは──。

繁栄の扉を自ら閉ざす

これにはもちろん、サッチャー政権による構造改革など、さまざまな要因が関係している。だが、EU加盟が決め手となったことに疑いの余地はない。落ち目の英国経済は、統合欧州のドアをくぐるや飛躍に転じた。しかも英国は統一通貨ユーロの導入を拒むなど、自分の意思を相当突き通しながら、このような成功を手にすることができたのである。

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