ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会が盛り上がりを見せた。ラグビーファンが街にあふれ、テレビの視聴率も上々だったと聞く。ラグビー発祥の国・英国でも、メディアが日本チームの活躍をたたえ、W杯を広く報道した。私もBBC(英国放送協会)からラジオの取材を受けたくらいだ。
取材は、今回のW杯が日本社会のどのような特徴を示しているかという質問で始まった。日本でも報道されたが、今回の日本チームの特色は、外国人選手を含めた「多様性」にある点をまずは指摘した。そこに現在の日本社会が投影されているともコメントした。
他国のチームにも外国人選手はいるが、日本の場合、外見の違いや日本社会にまだ残る単一民族神話や同質性社会といったイメージから、多様性がいっそう目立つ。それが功を奏した結果に、ある人々は多様性を許容する日本の未来に好意を持ったりもした。
同時に、選手が「君が代」を歌いながら涙を流すシーンもクローズアップされた。日本チームへの応援風景も人々の「統一性」を描き出しているように感じられたことも指摘した。そこに一種のナショナリズムの高揚を見たのである。
この回答の後に次の質問がきた。W杯と安倍晋三政権の関係をどう思うか。おそらくは、右派で知られる首相とW杯の政治的な意味合いを感じ取ったのだろう。
しばらく考えた後で、今回の現象は、両刃の剣のように見えると答えた。W杯のようなスポーツイベントは国を単位にした競い合いで、ナショナリズムを当然喚起する。だが、サッカーや野球とは違い、今回の日本チームは多様性や異質性を特徴にし、それを可視化した。単純な単一民族神話によるナショナリズムの高揚とは違う。
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