われわれは無意識のうちに、年齢を基準に物事を考えすぎているのではないだろうか。最近の技術の進展や社会の構造変化は、ある意味で、その考えの大きな見直しを迫るものだ。
医療の進歩は、元気で活躍できる高齢者を増やし、今では高齢者の定義を変えようという動きも出ている。情報技術の進歩は、世界的に活躍する10代のAI(人工知能)エンジニアを生み出している。その一方で、長年の経験を積んだ中高年層が、その経験が必要とされるスキルの高さとは直結せず、学び直しの必要性に迫られている。
これらを新しい動きと感じるのは、「70代になれば、体力も衰えてリタイアするもの」「10代は、まだまだ学びの期間で、社会で活躍できる時期ではない」「50代は経験を生かした仕事ができるもの」といった、年齢を基準にした能力判断を、多くの人が暗黙のうちにしてきたからだろう。
これからの時代においては、年齢を基準にしたこれまでの発想が通用しない社会になる。そこでは柔軟で新しい発想が必要とされると同時に、それを実現させるための新しい制度づくりが必要となっている。
高齢者の働き方については、長寿命化が叫ばれていることもあり、(進展が十分とはいえないものの)いろいろな議論が起こるようになってきた。
今、議論が不足しているのは、若い世代の学び方、働き方の部分ではないだろうか。
とくに学校教育については、それぞれの年齢で学ぶべきことが決まっていて、そのステップを順番に踏んでいくべきだという意識が強い。しかし、現実には、学ぶべきステップは、年齢できれいに分かれるわけではない。ゆっくり時間をかけて理解すべきパートもあるし、むしろほかよりも進んで理解していけるパートもある。それぞれの理解度や学ぶ科目に応じて、スピードも変化させるべきだ。
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