目もくらむような超絶技巧とオーケストラにも匹敵する大音量によって20世紀のクラシック界を席巻したピアニスト、ウラディミール・ホロヴィッツ(1903〜89)が11月5日に没後30年を迎える。
伝説の始まりは28年1月12日、米ニューヨーク・カーネギーホールで行われた米国デビューコンサートだった。チャイコフスキーの『ピアノ協奏曲第1番』で共演するのは、同じくこの日が米国デビューとなる英国人トーマス・ビーチャム指揮ニューヨーク・フィルハーモニック。事前の打ち合わせと違う遅いテンポにいら立ったホロヴィッツは第3楽章で爆発、指揮者を置き去りにテンポを上げ、オーケストラをリードして走り去るような演奏をした。翌日の新聞に「草原から湧き上がった竜巻」という見出しで紹介された無名のロシア人は、一夜にしてスーパースターの座を手に入れたのだ。まさにアメリカンドリームの実現だ。
そのホロヴィッツが本来絶頂期であったはずの53年から65年まで、長期にわたってステージから遠ざかっていたことは今も彼にまつわる謎の1つだ。それだけに、65年に行われた復帰コンサートは世界中の音楽ファンから注目され、公演当日のライブ録音は歴史的名盤に数えられている。
マニアックな商品化
今回のメモリアルイヤーのサプライズは、65年と翌66年に行われた同コンサートの無修正ライブ録音とともに、リハーサルや録音セッション、ロングインタビューまでが収録されたアルバム『ザ・グレイト・カムバック〜ホロヴィッツ・アット・カーネギーホール1965&1966』(15枚組)が発売されたことだ。ジャズではマイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスのコンプリートライブ録音があるが、クラシックでは前代未聞。この超マニアックな録音が商品化されること自体にホロヴィッツの人気と別格ぶりが感じられる。
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