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失敗確実のアフガン和平、米軍撤収は10年早い アフガニスタンで増え続ける紛争の犠牲者

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自爆テロなど武装勢力の攻撃が続くアフガニスタン。性急な米軍撤退は、混乱を増すだけだ(ロイター/アフロ)

米国と反政府武装勢力タリバンの和平協議が詰めの段階に入ったにもかかわらず、アフガニスタンでは紛争の犠牲者が増え続けている。8月には過激派組織「イスラム国」(IS)が結婚式場で自爆テロを決行し、60人以上が死亡、200人近くが負傷した。紛争を激化させているのはタリバンだけではないということだ。したがって、仮に米国とタリバンの間で和平協定が成立したとしても、アフガンに平和が訪れることはない。

米国とタリバンの交渉は過去に行われた2つの和平協議と二重写しになっている。1つはベトナム戦争を終結させるべく米国と北ベトナムが行った協議で、これは1973年のパリ協定に結実した。もう1つは80年代にアフガンからのソ連軍撤退を実現させるために行われた協議で、これは88年のジュネーブ協定につながった。

いずれも、米ソが勝ち目のない戦争からの「名誉ある撤退」を狙って結んだ協定だったが、もくろみは崩れた。ベトナムではソ連の支援する北ベトナムが75年に南ベトナムを陥落させ、米国のメンツを丸潰れにした。アフガンでは米国を後ろ盾とする武装勢力ムジャヒディン(イスラム聖戦士)がソ連の打ち立てた共産政権に92年に引導を渡し、首都を制圧した。

ベトナムでは程なくして北ベトナムが南北統一を実現、治安も回復に向かったが、アフガンは違った。ムジャヒディンが仲間割れを起こし、互いに銃を向け合うようになったからだ。これを好機とみた隣国のパキスタンは、アフガンへの影響力拡大を狙い、タリバン支援に回った。そしてタリバンは96〜98年にアフガンのほぼ全域を支配し、厳格なイスラム原理主義政権を誕生させる。

2001年9月11日の米国同時多発テロを仕掛けたアルカイダをかくまっていたのが、このタリバンだ。そのため米国は対テロ戦争を掲げ、アフガンに侵攻。米軍率いる多国籍軍からの攻撃にアルカイダの幹部は散り散りとなり、タリバン政権も崩壊した。しかし、いずれも壊滅には至らず、対テロ戦争開始から2年と経たずして、タリバンとアルカイダ残党による巻き返しが始まり、米国は紛争の泥沼に引きずり込まれていく。

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