日本大学アメリカンフットボール部の選手が起こした「悪質なタックル」をめぐる諸問題は、ついに文部科学省の外局であるスポーツ庁の介入にまで発展した。詳細については、すでに多くの報道機関が取り上げているのでここでは割愛する。
当初、「悪質」という表現を聞いた私は、その意味するところを、ルール違反のタックルを立証が難しいくらい巧妙に行った、と勝手に思い込んでいた。だから、試合の動画を見て非常に驚いた。あれでは、私のようなシロウトでもカメラ越しの映像を目にしただけで、何のためのタックルかわかってしまう。あそこまでバレバレにケガを負わそうとする行為は、悪質よりも「卑劣」というほうがふさわしいと感じた。
しかし、問題を起こした側の気持ちも実は非常によくわかる。私は日本体育大学に特待生として在籍、卒業した者だからだ。
そこは、学生スポーツと言いながら、限りなくプロスポーツに近い世界だった。学生なのにプロ選手と同様に競技成績のみが評価されるのである。学生スポーツの目的である、競技を通じて何をどれだけ学んだのか、という点はまったく評価されない。
当時の私は、スポーツを通じて何かを学ぼう、などと思ったことはただの一度もなかった。ルールの範疇でどうしたら勝てるか。いつもそれだけを考えていた。
だからこそ、高校、大学の監督にはたいへん感謝している。競技成績を上げたり、勝つという目標だけを追いかけたりしている私が、知らず知らずのうちに、目的である「学び」をきちんと得ることができたからである。
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