「昆布なんて海に行きゃあ、ぎょうさん生えとるがや。金払って買えるかい」。名古屋・大須で大正時代に創業した昆布専門店・志那河屋の品川常吉社長は、かつてはこのような客が多かったと語る。
名古屋周辺では昆布で出しを取る習慣があまりない。総務省統計局・家計調査の昆布消費量(地方別世帯当たり)によると東海地方4県は2015年が金額811円、数量220グラムと全国最低。そのため販売店舗も少ない。日本昆布協会の会員名簿(2015年4月現在)の加盟社数を見ると、東京9、富山6、福井5、大阪20に比べて、愛知は4でしかない。「昆布専門店で小売りも手掛けるのは、うちぐらいでは」と品川社長は話す。
昆布は江戸時代に発達した北前船の西回り航路で、北海道から北陸や西日本を経て「天下の台所」大坂へともたらされた。その食文化も当然、それらの地域で発達し、品質のいい真昆布や羅臼、利尻昆布は日本海側や西日本で消費された。質のいいものが名古屋に流れてこなかった、との見解がある。
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