浅草からほおずきが送られてきた。浅草神社(東京都台東区)脇で焼き鳥屋を営む女主人の心遣いである。この焼き鳥屋の亭主とは長い付き合いをした。“浅草の3奇人”といわれて悦に入っていた。「だからおめえ(おまえ)は変わりモンなんだよ」とよくからかった。
店のあきない(経営方法)も変わっていた。全客予約制(それも紹介者が必要)、1日10組(1組2、3人)で終わる、注文は受け付けない。亭主の定めたコース(刺し身、焼き鳥、鍋)を黙って食わされ、嫌なら二度と来るな、というわけだ。
だから最初に(紹介者と一緒に)行ったときは「この野郎」と思った。でもとにかくうまいのでせっせと通った。しかし3カ月くらい互いに口を利かなかった。どっちも負けずにフンという態度を続けた。私が最初に腹を立てたのは「皮をくれ」と注文をしたら亭主がせせら笑ったからである。おまけに「いい皮なんてものはね、めったには手に入らねぇんですよ」とご託宣を抜かしやがる。懲りずに通って3カ月。コースのほかに見事な皮が2本添えてあった。これにグッときた。「おい」「何でぇ」「ありがとよ」。以来、無二の心友となり、死ぬまで付き合った。
この男のおかげで、毎年の三社祭も社殿脇で宮出し・宮入りを座って拝観できる特別待遇を得た。亭主は必ず「前の夜からうちに泊まんなよ」と2階を提供してくれる。深夜、境内に置かれた3基の神輿にキャラコの布が巻かれると、「肩を入れなよ」と棒の下で神輿を担ぐまねをさせられたことがある。
祭の仕切りは神社の境内では新門一家が行い、鳥居を一歩出たら自由になる。そのためかつては待ち構えていたグループに神輿が乗っ取られ沈められた。それを防ぐために、わが焼き鳥屋の亭主たちが、そのグループと殴り合いを始める。「1年に1回、天下御免のけんかができる」。亭主はよくそう言っていた。
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